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海外脱落組のお気楽物理学者
サラエボ危機-バルカン半島放浪記5-
2005年09月27日 (火) | 編集 |
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サラエボに到着したとき、一人の女が寄って来た。Ivanaと名乗るその女性は、サラエボでプライベートルームをやっているという。プライベートルームはこの辺りでメジャーな宿泊システムだ。街中でそれを紹介してくれるところもあるが、ここで決まるなら楽だし彼女の家に泊まることにした。

彼女の家へ向かうがてら、いろいろ話をする。しかし、どうもそれほど英語が堪能ではないようだ。少し会話がかみ合わないなという思いとともに、少しずつ違和感も感じつつあった。しかし、まだこの時はそれほど深刻には考えていなかった。

「あちら側にはセルビア人がいるのよ」

山の方を指差しながら、なんだか憎憎しげにそう彼女は確かに言った。彼女も内戦の犠牲者なのだろうか。何か訴えたいようであったが、すぐに話題は変わってしまった。

彼女の家はサラエボのかなり西側にあった。部屋の一室にベットが3つ。ある程度の人数が泊まれるように整えてあるようだ。驚いたのは、電気が現在使えないこと。彼女の言い訳によれば、前日泊まった日本人がブレーカーを飛ばしてしまったからだと言っていたが、ちょっと不安。夜はろうそくで過ごすという。なんとなく不安に思いながら荷物整理をしていると、彼女が市街に用があるので、途中見せたいところもあるから一緒にどうだと誘われる。夕方の市内も見てみたかったし、彼女について行くことにした。

117_1722.jpg市街へ向かう途中にある置き去りにされた戦車。


彼女が見せたいといっていたのは、ボランティアの集まる家。あまりはっきり趣旨は分からないボランティアであったが、アートを通して、サラエボの町を元気付けるといった趣旨だろうか。中には驚いたことに、日本人の方が二人ほどいた。少し話をすると、案内してくれている彼女のことを知っているようだ。そしてとんでもない話を聞いてしまった。

「気をつけて下さいね。彼女頭おかしいですよ」
「男食いで旅行者の間では有名みたいですよ」
「金を盗まれたって話も聞きますし」


え?

ええー!?

なんてところに宿泊することにしてしまったのだ!といって今から宿変更をするにも...。荷物は全て彼女の家にある。用事を済ませて帰ってきてからでは、もはや宿を変えている時間もない。なんとか乗り切って朝おさらばするしかないか...。混乱して考えがまとまらない。そうこうしているうちに、彼女が市街へ向かうというので、荷物を預けている身としてはついていくしかない。しかし、あんな話を聞いた後では、まともな相手として話を聞いていられない。途中いろいろ話しかけてくるが、すべて怪しく聞こえる。いや、実際に怪しいのだ。

「あなた何歳?え?それ、私と同じ年ね」

どうみてもその女は50を超えている。さばを読むにもほどがある。

「私、ドイツ国籍を持っているの。私と結婚するとドイツ国籍を得られるわよ。家は実はベルリンにあるのよ。どう?結婚しない?」

そんな話は到底信じられない。よしんば本当だったとして、会ったばかりの男にそんなことをいうやつの言うことを信じられるはずも無い。

そして街中でテイクアウトで食事を買う。待っている間

「ねえ、寒いわね...」

とわざとらしく、こちらが上着をかけるのを催促する。そんなことするはずもあるまいに。もはや自分の中で全てが黒である。話をするのも嫌になってきてしまった。

家に戻って、暗闇の中ろうそくをつける。そしてろうそくの明かりで荷物を整理していると、

「ねえ、今夜は同じベットで寝ようよ。さわらないから。」

決定的な一言。
もう駄目だ。
こいつは狂っている。
こいつとこれ以上いたら、何をされるか分かったものではない。
そして、私は切れた。

「あほか!お前は狂っている!」

怒鳴った瞬間、子供のようにおびえ、謝る彼女。
それでも私の怒りはおさまらない。

「もうこれ以上はここにいられない!もう出て行く!」

女:「ごめんなさい。わかった...。もう何もしないから...。私はこちらの部屋で寝るから」

すごすごと女は出ていく。

そして、先ほど買ってきた飯だけは暗がりの中で二人で食べる。彼女は押し黙って何も言わない。あれだけ怒れば当然だが、それが彼女の精神的に破綻している部分を露呈しているように思えてならない。

そして、お湯が出ないので冷水だけ浴びてベットに入る。幸い部屋は分かれているので、気休めの鍵フックをして床についた。とはいっても気が気で眠れぬどころの話ではない。

寝たんだか寝てないんだかよくわからない朝を迎える。一応無事だったようだ。彼女は朝到着のバスから降りる乗客を捕まえるために、朝早く家を出るといっていた。確かにいない。全く次の犠牲者は誰なのか。

さっさと退散しようと荷物をまとめていると彼女が帰ってきた。獲物は捕まらなかったようだ。私は、夜のバスでザグレブに向かうので、昼中にサラエボ観光をする予定だ。彼女は荷物を置いていって、夕方取りに来ればいいと提案した。ここは、断固として断って荷物ごと家を出て行くべきなのだが、

「荷物を取りに行くだけだから危険はないか」

と荷物を置くことにしてしまったのである。二重に馬鹿である。これが、また後のトラブルの元になるのはわかりきっていたのに。かくして、それはそのとおりになった。夕方戻ってくると、約束の時間にもかかわらず、彼女は帰っていない。仕方ないので彼女が帰ってくるまで団地の一室で待つより他に無い。待てど暮らせど戻って来ない。バスの時間もあり、かなり焦り始めた。

しばらく待っていると、近所の子供が一人寄って来た。彼はデジタルカメラに興味を持ったらしく、持たせてくれとせがむ。が、一度渡したらどうなるか分かったものではない。逃げられるか、壊されるか。拒否していると、彼は私を足蹴に始めた。子供の蹴りなど造作も無いが、非常に腹が立つ。こちらが吹っ飛ばすことはできるが、親が飛んできたら、英語も通じないだろうし、言い訳の仕様も無い。無視して外に出ると、追いかけてくる。これほど子供を本気で殴りたいと思ったのは初めてである。彼女が帰ってこないいらいらもあったのだろう。いい加減にしろと思った矢先、親が来て子供を注意し、子供はすごすごと戻っていった。これだからガキは嫌いなのだ。

そして、いらいらの頂点で彼女が帰ってくる。さっさとせかして家の玄関を開けさせる。自分の荷物を取ると、そこには見知らぬ荷物が一つおいてあった。次の犠牲者である。

117_1719.jpg未だ残る戦争の傷跡。弾痕の跡が痛々しい。

117_1725.jpg旧市街では、戦争の跡らしきものは見られず、多くの観光客で賑わっていた。

彼女とは別れの挨拶もせずに出た。ここまで、危険と不快にまみれた日は初めてだが、彼女は本当に単なる男狂いの狂人だったのだろうか?私は、彼女が内戦の被害者であり、家族を殺され狂ってしまったのではないかと考えている。最初のセルビア人に対する発言、すぐに人を求めてしまう行動。それらがそう推測させるが、やはり推測の域を出ない。墓で埋まったオリンピック競技場、破壊され廃墟のままのビル。そういったサラエボの風景を思い出しながら、私は非常にもやもやした気持ちのままサラエボを後にした。

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