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サラエボ旧市街バシチャルシァ。朝の静けさの中石畳を散歩するのは気持ちがいい。
旧市街の中心とも言えるセビリ(水飲み場)。多くの観光客が集まる。泥棒も多いので注意。ここで疲れて座っていると怪しげな男が寄って来た。
男:「今私は離れたところにある病院に行かないといけないんだ。
そこで、申し訳ないんだけどお金を貸してくれないだろうか?
代わりといっては何だけど、このレイバンのサングラスをあげるから。」
心底お墨付きDQNである。
こんなのに騙されるやつがいるのか?
どうせレイバンのサングラスも偽者だろうし、
もちろん金を渡す気はさらさらない。
ただでさえ、あの女のせいでいらいらしていたので怒りマックスである。
男:「どう?助けてくれないか?」
ま:「いやだね。お前で何とかしろ!」
と一言いってその場を去った。
ボスニアあほばっかですか?
旧市街に程近い図書館。内戦でほぼ破壊されたようだ。
第1次世界大戦のきっかけを作ったサラエボ事件現場。ここでボスニアを統治していたオーストリアーハンガリー帝国のフランツ・フェルディナント皇太子夫妻がセルビア人青年によって殺され、第1次世界大戦が始まった。
セビリから北東に向かい、途中真新しい墓地を登っていくと、サラエボを見渡せる展望台に出る。墓地では献花をしている人もちらほら。
昼飯時に一緒になった、ニュージーランド在住セルビア人夫婦に教えてもらった穴場(?)のトルコ人の家。歴史的建築物のようだ。
どこか日本的な雰囲気のある庭と建物。でも中はなんだかトルコちっく(?)。
サラエボオリンピック会場。現在も市民のための施設として使われているようだ。競技場周りには非常に多くの墓地がある。そこはもともとは五輪スタジアムの補助フラウンドであったが、紛争中、犠牲者を墓地に運ぶことすらできず、埋葬する場所もなかったためにグラウンドを墓地にしたとのこと。砲撃を避けて埋葬は早朝か夕暮れ時に行われたようだ。
巨大チェスを興じる人々。近くの公園では子供たちが元気に遊んでいた。先ほどのいらいらも少し和らいで気持ちが落ち着きました。夕方荷物を持ってバスターミナルへ向かい、ザグレブ行きのバスを待つ。
何か買おうかと財布を見るとボスニアの金以外に見慣れない硬貨が入っている。
スロバキアの硬貨?
同じ数字でもボスニアの硬貨に比べて価値が落ちるものだ。
やられた..。おつりの中に紛らせられたのだ...。
どこまで腐ってるんだボスニア....。
いや、はっきり言ってやろう。
クロアチア人!おまえらだよ!腐ってるのは!
少し暗い気持ちでバスに乗り込む。
バスの中でさっさと寝ようと思いきや、
となりの人が夜中の2時を過ぎてもうるさい。
どうも英語ネイティブとイギリスに留学しているクロアチア人の
友達同士のようだ。しょっちゅう移動するしとにかくうるさい。
そこで一言。
ま:「頼むから静かにしてくんない?」
一言「ああ」と返されてまたうるさくさえずるイギリス野郎。
ええ!?あんたわたしの言う事は無視ですか?
プラハでもへべれけになるまで飲んで周りに迷惑をかけるのはイギリス人。
そして、ここまでオレを不快にさせるクロアチア人。
お前ら世界3大大迷惑に指定じゃ!
そしてクロアチア人同士の会話でよく出てくる
「モジェ、モジェ」
も頭に響いて鬱陶しい...。すべてが鬱陶しい。
もう怒りマックスである。
耐えて耐えてもはや限界と思ったころ、やっと静かになった...。
そしてバスはクロアチアの首都ザグレブに到着。
これから気を取り直して世界遺産プリトビツェに向かう。
自然世界遺産が沈んだ気持ちを癒してくれるさ。
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