- fizikální vědec který cestuje - ポスドクで世界を転々とする物理屋さんの放浪記。
受賞を辞退したわけ
2006年11月30日 (木) | 編集 |
数学の世界では、(3次元)ポアンカレ予想と呼ばれるものがあります。これは何かというと

「単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相である」

という予想で、ながーいことこの予想が正しいかどうかという証明が模索されていたんですが、最近ロシア人数学者グレゴリー・ベレルマンって人が証明を与えました(証明は検証中らしい)。んで、彼はその功績により今年の8月に数学のノーベル賞であるフィールズ賞を授与されたんですが、なんとこれを辞退しました。このニュースを知っている人は多いんじゃないでしょうか?ちなみにこのポアンカレ予想は100万ドルの懸賞付き問題で、それも彼は辞退しています。理由は一応彼の口から語られていますが、積極的に辞退する理由なのかおいらにはイマイチわかりません。

その理由がニューヨークタイムズだかなんだかに最近出ていたと同僚のJ君が教えてくれました

その記事を書いた記者によると、理由は他の数学者と関係があるということ。その数学者とはシン・トゥン・ヤウって人です。この人は Calabi-Yau多様体とかでとーっても有名な人で、現在はハーバード大学の数学の教授です。んで、なんで彼がベレルマンの受賞拒否の理由になるのかというと、彼はベレルマンの仕事を自分も大きな寄与をしていると言ったからだとか。もうちっと詳しく言うとこうです。ベレルマンの論文は、式は書いてあるんだけどあまり詳細がないらしく、ヤウはそのレビュー論文みたいなものを書いたそうな。もちろん詳細はないといっても、ほとんどの数学者は証明は彼の論文の中で行われたと信じているし、ヤウの論文はそういう意味でほんとレビューなんだそうです。なのですが、どこぞの会議でヤウが自分の発表の中で「私のポアンカレ予想への寄与は35%ある」とか言ったらしく、そういう事情を知ったベレルマンが世の中の汚さを見て受賞を辞退したというのです。

そんなベレルマンは受賞前に、彼の勤めていた研究所をくびになっています。受賞前なので、受賞を辞退したからくびってことはないし、純粋に事務的な問題でくびになったそうです(ほとんど研究所に来なかったからだとか)。そして彼は今サンクトペテルブルグの郊外に母親と二人で年金暮らしをしているそうな。100万ドルを辞退するほど、世の中の汚さに辟易としたということなのでしょうか

最後に、先週の日曜から始まったクリスマスイルミネーションの写真を(無理矢理な話題の変え方

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上の飾りはしょぼいけど、こっちは少し豪勢?

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ツリーには子供のメッセージみたいなのが吊るしてありました

あ、ちなみにこれ朝の8時半ぐらいの写真ね

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人間の寿命はなぜ長いか
2006年11月29日 (水) | 編集 |
昔、神様がこの世界を作った時に人間や動物達も作りました。そして神様は彼らの寿命を決めていきました。

神様:「まずは、牛よ。お前は40年生きることが出来る。その間、お前は畑を耕したりしてずっと働きづめにならなければならない」

牛:「おお、神よ!そんなつらいだけの40年は耐えることが出来ません。どうか半分の寿命にしてください。」

神様:「うむ、わかった。ではお前の寿命は20年だ。では、続いて犬よ。お前の寿命は30年だ。その間、お前は仕えた主人に従い、家族、屋敷を守っていかねばならない」

犬:「そんな!そのためだけに30年生きるのはつらいだけです。どうか半分にして下さい。」

神様:「うむ、わかった。では、お前の寿命は15年だ。続いて人間よ。お前の寿命は30年だ。お前は生き物の頂点に立ち、この世を支配することが出来る。」

人間:「おお、神よ!たった30年なのですか!それでは余りにも短すぎます!」

神様:「そうか、わかった。では、お前には牛と犬の寿命をやろう。」

人間はその分長く生きることができるようになりました。しかし、同時に牛と犬の運命も背負うことになりました。人間は、牛の寿命の分だけ働くことになり、犬の寿命の分だけ家族や家を守らなくてはならなくなりました。

チェコ人同僚 Vojtech からこの前聞いた冗談でした

過去の彼の冗談「天へ召されるチェココルナ」はこちら

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グループクリスマスパーティー
2006年11月28日 (火) | 編集 |
先週も書きましたが、これからフィンランドはクリスマスパーティーシーズン。職場のいろいろな部署で、もしくは職場全体などでパーティー(pikku joulu)が行われます

んで、今日は自分の属しているグループでクリスマスパーティー。ちなみに、こちらではパーティーをやるときは、思いっきり仕事時間であっても構わずやってしまいます。チェコでもそうだったんですが、欧州全体でいえることなんですかね?確か西側はそうではなかったような気がします

ま、ともあれ我々のクリスマスパーティーは午後の2時から始まりました。メンバーはボス、おいら、日本人同僚U君、ポスドクのAさん、そして学生のS君です。料理を準備する人は、おいらとAさん

ってわけで日曜日は気合を入れて仕込みをしました。メニューはもはや定番となりつつある3品です。

1.炊き込みご飯
2.大根、里芋、鳥のひき肉の煮物
3.豆腐

です。最後の豆腐は「ハウスほんとうふ」という豆腐の素から作りました。普通の豆腐の他に、すりごまも混ぜてごま風味の豆腐も用意致しました

一方Aさんが用意したのは

1.タンの煮物
2.お魚のパイ
3.ケーキ

です。彼女も料理が上手なので、二人してかなり豪勢なものを用意できました。ちなみに彼女の用意したお魚のパイは、ロシアの古い文学にはよく出る代物だといっていました。7,8層ぐらいにお魚の身や卵を乗せたりしてパイとして焼くというレシピみたいです。もはやロシアでは食べられない代物らしく、60年代にロシアに住んでいたボスも食べたことないと言っていました

好評だったのはおいらの大根の煮物とAさんのタンの煮物でした。タンはよく煮込んであってとっても柔らか。今度おいらもやってみたいと思います。

パーティーは、この前までAさんが出張で出かけていた日本の話がメインでした。ものすごく印象がよかったみたいで、食事やホテルから、彼女を世話してくれた日本人まで褒めちぎっていました

そして、このパーティーにはもう一つのイベントが用意されていました。12月13日がボスの65歳の誕生日なのですが、秘密裏にバースデーカードを用意していたのです。上で述べたケーキもバースデーカードと共に登場。シャンパンも開けて大いに盛り上がりました

パーティーが終わり片づけが終わったのは、午後の5時ぐらい。今日はあんま仕事できなかったけど、まあ仕方ないということで

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チェコの大学の未来
2006年11月27日 (月) | 編集 |
チェコに滞在中に共同研究者のチェコ人のポスドクK君と飲んだのですが、飲んでいる中でチェコの大学の未来について話が出ました。

この話に入る前に少しチェコにおける私の分野についての背景を述べておきます。少なくとも私の分野では、かつての東欧圏(チェコ、ポーランド、ハンガリーなど)にポスドクに行くという例はあまり多くありません。ポスドクの応募に際しては、自分の分野をやっている教授を探してそこに応募するというのが一般的なのですが、私の分野は東欧圏ではそれほど盛んではないので、知られていないし出す人も少ない。更に、西側諸国に比べて給与が低いということもこの状況を作り出しています。私はそこにうまく転がり込んだということになりますが

加えて2年間いた私の印象では、私の分野(私は理論研究)で指導的な立場を担う教授がチェコには少なすぎます。それゆえ、若手の人材が育たずに教授の高齢化が進んでいっています。また、その為に学生は理論を志すのではなく、別の分野(実験分野)に流れていってしまいがちです(実験の分野ではそれなりに人材は出ている模様ですが)。私のチェコのときのボスは数少ない理論の教授であります。

若手で理論を専攻する教授は、プラハではなくブルノというチェコの第2都市にいます。2度ほど会って議論をしたことがあるのですがとってもよい方です。この教授はスウェーデン人で、アメリカで4年ほどポスドクをやった後にチェコに来られた方です

K君とは、チェコの大学事情の話の中で教授の高齢化が進んでいることが話題の一つに出たのですが

ま:「ブルノの教授とかは若いし、彼のもとで育った人材が出て行けば変わっていくんじゃないのかなあ

K君:「んー、でも彼はとっても優秀だし、いつかはチェコを出て行ってしまうと思うけどね。お前も知っての通り、チェコで外国人が暮らしていくのは、楽ではないし給与も低いしね

まー、給与が低いのはそうですが海外で生活する厳しさはどこに行ってもあると思いますけどね

後、彼が言うには古参の教授はこれまで通り自分達の思うように大学をコントロールしていきたいから、行わねばならないであろう大学改革は行われていないということ。保守的なままなんですね。

その他の話題としてはお金がらみのこと。チェコというのは給与は西側に比べて低いのですが、研究予算はかなり豊富にあります。日本と比較を出来るほど知りませんが、チェコの給与体系から考えると、破格と言ってもいいということはわかります。彼の話では、このお金は正しく使われていないといいます。ある部分は賄賂に回ってしまっているとか。共産時代は賄賂で流れていた事務処理がここで残ってしまっているということでしょうか

彼との話やおいらの経験などを通して、チェコの大学がこの先よくなっていくのかどうかは今のところ不透明な感じがします。私の分野の人材を育てる基盤が希薄なので、アメリカなどに渡った優秀な人材が戻ってくるといいんでしょうが、給与体系などの理由から難しいんでしょうね

ちとまとまりのない文章になってしまったな

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pikkujoulu報告
2006年11月26日 (日) | 編集 |
では、昨日行われた研究所のクリスマスパーティーのメニューの紹介に参りましょう

まずは、食前酒でグロッギです

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グロッギとは、ぶどう酒・ジュースなどにクローブ、シナモン、ジンジャーなどの香辛料を入れて暖かくした飲み物です。クリスマスシーズンに北欧で飲まれる飲み物のようです

ドイツやチェコとかにあるグリューワイン(ホットワイン)みたいなものかと思ったんですが、同僚のみんなはそんなの知らないとかいうし、グリューワインって有名じゃないのか

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早くもクリスマスパーティー
2006年11月25日 (土) | 編集 |
今日はおいらの研究所のクリスマスパーティーでした

未だ11月だというのにクリスマスパーティーとはこれ如何に?

と思ったりするんですが、多分これはフィンランド語で言うところの「pikkujoulu(小さいクリスマスパーティー)」ってやつで、12月24日に家族だけで祝うクリスマスパーティーの前に職場などでやるクリスマスパーティーのことをそう呼びます

なんで、これからの時期は、いろんな場所でこの「pikkujoulu」が頻繁にあるわけです。来週は、自分のグループと研究所があるヘルシンキ大学のキャンパス自身のパーティーがあります。後者はおいらは行きませんが

しかし、おいらの研究所のパーティーは毎年かなり豪華です。去年は、カッペリというレストランで行われて、コース料理が振舞われました。今年は、トーロ湾に近いこちらのレストランで行われました

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メニューの紹介は明日を待て

ちょっとお酒飲んで、眠いので今日はねまーす


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SEM と TAM
2006年11月24日 (金) | 編集 |
先週、プラハに滞在しているときに Eugene とレストランに行ったのですが、ドアの前で少し違和感を感じました

ドアにはチェコ語で「SEM」って書いてあります。これは「こちらへ」って意味なんですが、要は「引く」っことです。それで下には英語訳が書いてありました。

「HERE」

HERE?

んー、なんか変だなあと思いながら、レストランの中へ。ひとしきり食べて飲んだ後に、レストランを後にしようとドアへ向かうと、ドアには「TAM」という「あちらへ」の意味を持つ単語と英語訳

「THERE」

が書いてありした

違和感は、この英語にありました

EUGENE:「これって「PULL」と「PUSH」だよねえ

二人で笑いながらレストランを後にしました

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クリスマスシーズン
2006年11月23日 (木) | 編集 |
11月に入ってから、少しずつ町はクリスマスモードです。町の街路樹にも電球イルミネーションが飾られ始めました。でも一斉にではなく、少しずつ飾られているようです。なんともフィンランドらしいといいますか

一番イルミネーションがきれいなのは、カンピですね

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なかなか、きれいやおまへんか

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中の吹き抜けも飾られています

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こちらもなかなか

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これからクリスマスに向けて町はにぎやかになりますが、クリスマスの日自身はなーんにもありません。まるで、町はゴーストタウンのようになります

ともあれ日が短くなり気分が沈みがちになるこの季節。町のイルミネーションに心を和ませましょう


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プラハ滞在日記4
2006年11月22日 (水) | 編集 |
前回の続きです。朝のお散歩の後は、そのまま、前の勤務地であったチェコ科学アカデミーに向かいました

一昨日訪れたときに、同僚何人かに会ったのですがあまり話す時間がなかったので、今日の午前中だけは時間をもらって会いに行ったのです。

まずは、一番仲のよかった Vojtech に会いに行きました。おいらが研究所に行ったときには、何か学術イベントが行われているところで彼はとても忙しそうですが、受付に会いたいと旨を伝えると、彼はすぐに来てくれました。仕事中にほんますいません


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航空券受け取り完了
2006年11月21日 (火) | 編集 |
前に、バーゲンセールで買った日本行きの航空券がまだ届いていないという話を書きましたが、先週の土曜日にやっと手に入りました

おかしいなあと思って、友人に教えてもらってフィンエアーオフィスに出向いたんですが、配布されるはずの電子メールアドレスが間違っていました。セールの時に係員が読み間違えたかしたと思うんですが、おいらが書き間違えた可能性もあるので強くは責任を追及できませんでした。一応「セールの時にあんたらが書き間違えたんじゃないの?」とだけ言ってみました。

係員:「そうねえ、彼らが間違えたのかもね

まあ、結局向こうは謝りませんでした

しかし、メールアドレスが間違っていたから届かなかったってのはわかるけど、その後届かなかったら何もしないのね。電話番号も教えてあるんだから電話してくれりゃいいのに

まあ、今回はこちらの責任もあるかもなので、両者お咎め無しということで

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プラハ滞在日記3
2006年11月20日 (月) | 編集 |
3日目は、滞在中唯一晴れた日になりました。という訳で、朝に少しばかり散歩をしました。これはカレル橋から南に3本目の橋です(名前失念)

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プラハ滞在日記2
2006年11月19日 (日) | 編集 |
プラハ滞在2日目は、プラハ工科大学でプラハの共同研究者と議論でした。この滞在中に何とか論文を書き始められるようにする予定でしたが、これは達成できて今論文を書いているところです

午前は議論で終わり、午後からはチェコ科学アカデミーで行われるセミナーを見に行きました。モスクワで行われたIHEPという国際会議のレビューをポーランド人の研究者がやっていました

そこで、久しぶりにいろいろな同僚達と会いました。おいらの元ボス Jiri、同僚の Jan、Vojtech、Pavel などなど

Vojtech:「たくよー、来るなら連絡よこせよなー。今度いきなり来たら3回殺すぞー

いやー、突然ですいませんでした

セミナーの後にみんなと話をしたかったのですが、午前の議論の続きをしないといけないということで、チェコ工科大学に戻って再び議論

そして、その後突然次の朝に学生向けに講義をしてくれと言われたのです。そういえばこの共同研究者、いつも突然にそういうこと言い出す人っての忘れていた

議論の後は、その講義の準備をすべく近場の中華屋さんで手早く晩御飯を済ませてホテルに戻る。こちらの中華は味は今ひとつだけど、安いのがいいね。飲み物とご飯とおかずで500円ぐらいでした

講義の準備が終わったのは夜の1時ぐらい。フィンランドだと夜の2時だしもうとっくにおねむの時間。しかも、講義が朝の7時半とかいう尋常じゃない時間に始まるので、おいらも早起きしないといけません。日本では、9時スタートが普通なのにねー

そんな朝早くに来るんかいなと思っていたんですが、いやー、いましたよ60人ぐらい。んで、前にも書いたように学生さんは2年生で量子力学を始めたかどうかという学年。しかし、教授のやっている講義は、おいらから見れば、4年生から大学院1年生向け。レベルが高いのか無謀なのかイマイチよくわかりません。おいらの説明は、小難しいことはほぼ省いたので、ある程度概略だけでもわかってもらえたらいいなあ

講義の後も、共同研究者たちと議論。共同研究者の中には、呼んでくれた教授の他に、最近博士を取得した Karel 君がいるのですが、彼に数値計算などをしてもらいました。午後になって数値計算の結果も出揃って、結果も予想通りだったのでひとまず論文らしい形を作ることになりました。そして、それはおいらの役目。もう首回りませんがな

夕方まで議論した後は、そのKarel君の博士取得パーティーに出席。彼は、博士取得後そこの研究所のポスドクになって、プラハに家も買っています。共同研究者の教授は、Karel君の指導教官なのですが、海外でポスドクで修行して欲しいようですが、彼はプラハを出たくないみたいです。おいらも外に出た方がいいのではないかなあと思うのですが、出たくないという彼の意思は固いようです。まあ、外に出ることなく国内で職が得られるならそれに越したことはないですけどね

パーティーの後は、昔おいらが住んでいた寮の仲間だった Eugene 君とご飯を食べに行きました。話題は、おいら達の共通の友達から言語の関する話題まで、1年以上はなしていなかったので、つもり積もった話で楽しい時間を過ごすことが出来ました

滞在2,3日目は仕事にプライベートに忙しかったなあ


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プラハ滞在日記1
2006年11月18日 (土) | 編集 |
今日からプラハ滞在の様子を綴っていきますね

11月12日、ヘルシンキ空港からプラハへ向かったわけですが、実に久しぶりにパスポートコントロールをくぐりました。最近はシェンゲン国ばっかり行っていたので、版行を押される機会がなかったんですが、今回久しぶりに押されました。そしてコントロールの人のいつもの一言

「フィンランドに住んでいるのか〜。フィン語話せるの?」

なんかいっつも聞かれている気がする...

出発前の外の様子。滑走路は雪が残っていて除雪車が走り回っていました。とにかく寒いのよ、ヘルシンキ

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帰宅なりよ〜
2006年11月17日 (金) | 編集 |
夕方無事にヘルシンキに到着しました。

というかヘルシンキはやっぱ寒いねえ(´;ェ;`)
飛行機から見たヘルシンキ郊外は白い雪で覆われていました><
街中の方は雪はほとんどないんですけどね〜。

ひとまず明日一日仕事に出て、土日はのんびりしようと思います(* ̄ー ̄)

プラハ滞在中1日だけ晴れたんですが、その時の写真をば(´ω`)

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詳しい報告はまた明日〜。お休みなさい〜(mー_ー)m.。o○ zZZZ

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暑いぞプラハ
2006年11月16日 (木) | 編集 |
暑いですね〜、プラハ( ̄‐ ̄;

今日は17度もありましたよ☆<( ̄□ ̄;)>☆
これって9月ぐらいのヘルシンキの気温ですねえ(*´ー`) フッ

さて今日で、滞在は終了です。大まかな打ち合わせは終わり、後は議論をもう少し詰めて、論文を仕上げるだけになりました(* ̄ー ̄)

今日は、仲の良かった同僚 Vojtech と会って来ました。お互い近況を話し合ったのですが、彼は昨年孫ができたこともあって、その話題が会話の多くを占めました( ̄∇ ̄;

そしていつものごとく

「まーらいおんは、まだなのか〜(*´ー`) ?」

と聞かれます。まだですみません、いやほんとヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

んでは、これから最後の夜を楽しんできまーす。



皆様、たくさんのコメントありがとうございましたm(_ _)m

コメントへのお返事は、ヘルシンキに帰った分からしたいと思いますので、
よろしくお願いいたしますm(._.)m ゴメン

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滞在3日目
2006年11月15日 (水) | 編集 |
今日もたくさんのコメントありがとうございましたm(_ _)m

今日は昨日言ったとおり、朝からここの学部生に向けておいらの分野について講義を行いました。最初にホストの教授が、関連トピックをチェコ語で紹介してて、その後においらの分野について短めに話をするということでした。

教授のやっている話は学部生にとってはかなり高度( ̄‐ ̄;
とても理解できる内容とは思えません。おいらが学部生だった頃を考えると...。

ともあれ、彼の説明が終わった後に紹介してもらっておいらの講義を開始(* ̄ー ̄)
学生の関心を惹くために、最初はおいらの拙いチェコ語の自己紹介でスタート。
ま、おいらがよくやる手なんですがね( ̄∇ ̄;)

学生さんの反応はそれなりに上々で

「うわー、あのヤポンスキー(日本人)チェコ語しゃべっているよ( ^∀^)」

って感じで笑っていました。まあ、怪しげなアジア人という印象だったのかもしれませんが(笑)

講義の方はなるだけ専門用語を使わないでかなり簡潔に話しましたが、理解してもらったかわかりません。というのも後で聞いた話なんですが

聴衆は学部2年生だったのだー!Σ( ̄□ ̄;)

それも先に言ってくれよヽ(`Д´)/

まあ、ともあれその講義をこなした後は、共同研究者と議論。大方論文を書ける要素は揃ったので書き始めました。今年中に出来ればいいけど、おいらは日本に帰ったりするしどうなるかわかりません←弱気

夕方には共同研究者の学生さんの博士課程終了記念パーティーに参加。その中で聞いたんですが、彼はなんとプラハに家を買ったとか...Σ(・ω・ ) 。日本で博士終わったばかりの学生が、マンションや家なんて買えませんわなあ( ̄‐ ̄;。ってかむしろ奨学金借金貧乏?;;

パーティーの後は、プラハで同じ寮に住んでいたロシア人Eさんとお食事(彼についてのお話はこちらも参照)。彼は、プラハで大学のポジションを取ったようで安泰なようである。ロシアには戻りたくないと言っていたので、大変喜ばしい事です(〃ω〃)

明日は、滞在最後の日になりました。明日も忙しい一日になりそうですが、充実した滞在にしたいと思います(´ー`)

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聞いてね〜ヽ(`Д´)/
2006年11月14日 (火) | 編集 |
ようやく日本語が書けるようになりました(* ̄ー ̄)

コメントをくれた皆様、どうもありがとうございますm(_ _)m
今回は少し多忙につき、フィンランドに帰国後からのコメントに返事をさせて下さいm(_ _)m

忙しくなった理由の一つに...

明日いきなり、学部生向けにおいらの分野に関連した話をしろと言われたー。゜(゚´Д`゚)゜。ウァァァン

だから、前もってメールでそういうことをやる必要があるかどうか聞いていたのに、返事がないもんだからする必要ないと解釈したんだけどなあ(´;ェ;`)

これから準備したいと思います...λ...

あ、昨日は早速チェコビール飲みましたよヾ(@^▽^@)ノ

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Now in Prague
2006年11月13日 (月) | 編集 |
This evening I safely arrived at Prague. Now I cannot write Japanese but I hope that I can do it tomorrow. Today I met two Japanese friends who were studying in Prague. We enjoyed eating and talking because we had not met for around 1 year.

From tomorrow I and Czech colleagues will start to discuss on our collaboration. I hope that we will alomost finish it during my stay in Prague.

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しゅっぱーつ
2006年11月12日 (日) | 編集 |
そんでは、これからプラハに出発です。

では、いってきまーす

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大いなる後悔
2006年11月12日 (日) | 編集 |
前にも何度か書きましたが、こちらで一緒に研究をやっている学生さんがいます。博士課程の1年生なんですが、寡黙ながらもしっかりと計算をやるよく出来た学生さんです。言っちゃあなんですが、おいらが博士課程の1年の頃と比べたら彼の方が数万倍できますですよ、はい←これまじです

そんな彼と9月に論文を出したんですが、先週の金曜日にはその論文の発表会がありました。9月に出した論文は彼の最初の論文、そんでその発表は彼の最初の発表。ちょっと考えればわかりますが、おいらがしっかり発表の仕方やOHPの作り方などを教えてあげるべきでした。というのは彼の発表がいまいちだったからです

おいらが彼にしたことは、彼は黒板で発表するというので「OHP使いなはれ〜」と言ったぐらい。黒板で発表すると書く分話す時間が減るし、最初の発表としてはそれはきついんではないかなと。でも、原稿のチェックや発表の練習などをきちんと見てあげるべきでした。まあ、おいらも大して発表はうまくないんですが、それでもどう発表したらいいかぐらいは指導してあげられたはず。発表練習するときは呼んでね〜、とは言っておきましたが、彼は寡黙でよっぽどのことがないと来ない人なので、こちらからやりましょうと言っておくべきだったと発表が終わった後に思いました。結局、彼から言いに来ることはなかったし

彼のセミナーが始まると、彼が緊張しているのがわかりました。普段声の小さい彼ですが、更に小さくなっていました。そして発表が始まるとOHPの文字が小さすぎ。その他説明不足など、見ているおいらも緊張してしまいました

終わった後に、ちょっと反省会をして改善点を指摘。だったら発表前にこうやってあげろよ、漏れ、と猛省させていただきました