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海外脱落組のお気楽物理学者
日本に帰ろう5
2013年02月25日 (月) | 編集 |
会社からの内定をもらってから1週間もしないうちに、今度は公募先の見学です。

見学先の町に前泊して、次の日の朝から見学をさせてもらいました。

学科長と会って話をしたけど、手応えは正直微妙だった。

海外で研究だけやっていた人は敬遠されるんだなあという雰囲気を感じたが、アピールできるところはアピールしておいた。

そして夕方には公募先を後にして、出張先の大学へと向かった。

そこですぐさま、講義の準備。

面接対策やらなんやらで全然準備が進んでいなくて、必死こいてスライド作った。

その間にも、公募先から面接のお呼びがかかるかどうかで気が気じゃなかった。

公募締め切りから1週間経ったから、そろそろじゃねえ?

いや10日ぐらい普通か?

とか。

そんなことはもうこれまでの公募で何回とも繰り返されてきたことなんだけどさ。


で、結局締め切りから1週間ぐらい経って、面接の通知が来たわけです。

面接は1週間後で、模擬授業と面接。

そこからは模擬授業の準備に専念。

ビデオにとって自分で見てみたり、それを見ながら時間制限内に説明できるように何度も練習したり。

練習回数はたかだか20回ぐらいだと思うけど、完全に時間内に説明できるようになった。




面接前日のことはよく覚えている。

事故を起こした福島第一原発の2号機だかの温度計が壊れて、300度とかとんでもない温度をたたき出したときだ。

面接では私は2番手だったと思う。

最初は模擬授業で、これがまさの時間オーバー。

聴衆が居る時と居ないときでは、やっぱしゃべり方も変わってくるのか、少し時間をオーバーしてしまった。

模擬授業の後はいったん休憩。

休憩では、模擬授業のことを思い出して頭を抱えてしまったが、終わったことは仕方ない。

休憩の後の面接はそれなりに無難にこなして終わり。



すべてが終わった後は、やるだけのことはやったという感覚。

まあ、これで駄目でもいいかなって思えたぐらいだ。

とにかくすっきりしていた。

精根尽き果てたとはまさにこのこと。

帰りのバスの中で、ぐったりして日本滞在の最期の目的地の実家に向かいました。



採用通知を電話でもらったのは、実家について次の日。

とにかく長い道のりだった。

採用って2文字を勝ち取るまで、どれだけの年月と応募数を必要としただろうか。

人生上、ここまで喜んだことってないんじゃないかってぐらい喜んだ。



それで今の職場に来て1年経った。

田舎ではあるけど、やっぱり日本は落ち着くし、お金の心配が今のところそんなにないのが大きい。

日本語も通じるしね(笑

海外暮らしは、家族がいればまた違った選択肢もあったんだと思う。

あいにく(?)家族はできなかったし、結果として日本に帰ることをよりどころにしてしまったというか。

どっちが幸せなことなのか、今になってはわからん。

ともあれ、自分で言うのも何だけど、今の職をとるための努力はよくやったと思う。

今後も、ステップアップを目指すので、努力をし続けることになるけど、あのとき出した瞬間的なパワーが出せるかは、ちょっと怪しいかもw

それぐらい頑張ったと言うことかなと。



なんかまとまりがないけど、1年前にあった就職裏話はここまでw


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