海外脱落組のお気楽物理学者
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ベルリン・ドレスデン紀行2
2007年04月22日 (日) | 編集 |
では、ベルリン・ドレスデン紀行について書きますかね(むふ)

この旅行をしたのは2004年の6月。チェコにいた最後の年に行った旅行ですね(まじ)。ベルリン・ドレスデンに行くことになった理由はこちらから(むふ)

では、以下旅行記の始まり始まり(むふ)

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我々、私と旅のパートナーのソラさんの最初の目的地はベルリン東駅。旧東ドイツ側のベルリンであります。プラハからベルリンまでは直通国際列車が走っており6時間ぐらい?(忘れた(ひょえ))の長旅です。電車は、プラハ・ホレショビツェ駅を出て、ドイツのスイスと呼ばれるザクセン地方、そしてドレスデンを通り抜けてベルリンへ向かいます(ぐらさん)。いやー、幾つになってもこの国境を越える旅というのはどきどきしますな~(むふ)

これだから旅はやめられない~(ひょえ)~

東ベルリン駅に到着して、予約してあった駅から程近いのユースホステルにチェックイン。一泊12ユーロの激安ホステルで、8人ぐらいで男も女も混じって一部屋をシェアします。部屋に入ると思いっきり下着が干してあったりして、もう旅の情緒もへったくりも吹っ飛びます(あせ)。まさにバックパッカーの宿ですな(わーん)

ホステルを後にして東ベルリン駅からドイツ研究者ネットワーク会合が開かれる日本大使館近くのZoologischer Garten(ベルリン動物園駅)へ向かいます。動物園駅へ向かう途中に当時まだ工事中だったベルリン中央駅を通り過ぎます。ここら辺りから町の様子が少しにこぎれいな感じになってくるんですよね~。ここからがかつての西ベルリンだったんでしょうか(ぐらさん)。私が訪問した当時は東駅近辺より西側の方がやはり栄えているなあと印象を持ちましたが、今は大分変わったんですかね?(まじ)

動物園駅に着いたものの、会合までは時間があったので適当に繁華街のクーダムを歩き、カイザーヴィルヘルム教会などを見学(ぐらさん)

111_1137.jpg 111_1139.jpg

ここ世界大戦のときの弾痕が残してあるんですね(びっくり)

会合の時間も近づいてきたので、地球の○き方を片手に日本大使館に向かう。しかし、地図に示された場所に行くも

大使館なんてねー(ぎょ)

はいはい、お得意のトラブルがやってきましたよー(ひょえ)

ってもう時間もないのにどうしてくれるんだ、地球の歩き○よ(いかり)

しかし、ここは私まーらいおんが悪かった。持ってきた歩き方が古くかったので情報も古くて大使館が移ってしまっていたのだ!(ぎょ)。ソラさんと新しい住所と場所を確認して急いでそちらに向かう(うる)

なんとか会合に間に合って、大使館に入場(ぐらさん)。しかし、すごい建物でした。建物まるまる大使館でその大きさも敷地もチェコの大使館と比べると雲泥の差ですよ(びっくり)

会場には全部で6,70人ぐらい来ていたでしょうか。分野も物理に関わらず、哲学なども含めて様々な研究者が集まっていました(ん)。会合では、最初ドイツで長年研究をしてドイツの貴大学の教授になられた先生のお話。もう退官されているそうですが、何十年も前からドイツに研究でおられて、当時のその苦労たるや今の比にはならないと思われます(うる)

先生のお話の後はオペラ歌手による歌など。そしてその後はお楽しみの晩餐会タイム(ういんく)。当時はあまり写真を撮る人ではなかったので写真がないのが残念ですが、あふれるばかりの日本食だったんですよ(すき)

晩餐会の中でネットワークに招待してくださったドレスデンのNさん、そして同僚の方とお会いしました。それからネットワークの責任者の日本大使館の方、ブレーメンから来られた研究者など様々な方とお知り合いになれました(わら)

その中には久しぶりの顔も(びっくり)。私がスイスの研究所に短期滞在した時にお世話になったNGがおられたのです。ベルリンの近くの研究所に移ったことは知っていましたが、こんなところで会えるとは(むふ)

会合は有意義のうちの終了し、知り合いになった面々とはこの後ベルリンのソニーセンターへ飲みに行くことに(むふ)。ソニーセンターの光る屋根の下でドイツビールをかっくらいます(ひょえ)ノ(びーる)

111_1142.jpg 111_1143.jpg

屋根のネオンの色が変わるんですよねー(びっくり)

プラハから来た我々はもうびっくりでさー(ひょえ)(それ)

こうしてベルリンの初日の夜は更けていくのでありました(むふ)


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コメント
この記事へのコメント
私は96年に用事でポツダムに行った際、ベルリン(元東側)にも立ち寄ったことがあります。ベルリン東駅からポツダム行きの電車に乗るはずが、うっかり間違えて反対方面行きに乗ってしまい、その結果、乗り心地の悪い電車にやたら長い間乗る破目になってしまった事を覚えています。

プラハからベルリン行きの国際列車って乗り心地はいかがでしたか?

私は昔ウィーンからブダペストへ列車で行った事があるのですが、国際列車と言うのに、歯医者さんの待合室みたいな座り心地の悪い椅子の列車でした。。。
2007/04/22(日) 21:59:17 | URL | MIK #-[ 編集]
今回も興味深いご経験談をありがとうございます(ぺこ)ドイツでは研究者の会合があるんですね.こちらとは大違いですなぁ(しょぼ)研究者間のネットワークって分野を越えて大事だとおもいますが,やっぱり人が少ないせいでしょうか.と言っても,どれくらい研究者がいるかも知りませんが(あせ)

先日のコメントにもあたたかいレスをありがとうございました(ぺこ)すっかりフィンランドの奥地?に引っ込んでしまいましたので,なかなかヘルシンキに行ける機会が無いのですが(わーん)まーさんがいらっしゃる間に機会がありましたらぜひご一報させていただけますと嬉しいです(うふ)
2007/04/22(日) 22:55:30 | URL | non #NkOZRVVI[ 編集]
確かに国境を越えるのって憧れますw。
世界大戦の痕が残ってるなんて歴史を感じますね…。
綺麗な花火だと思ったらネオンだったのですねwww。
2007/04/23(月) 00:42:41 | URL | TMstation #-[ 編集]
■MIKさん、

>その結果、乗り心地の悪い電車にやたら
>長い間乗る破目になってしまった事を覚えています。

Sバーンのことですかね(まじ)。私が行ったときはそれほど悪い印象はありませんでした(ん)

プラハからの電車は快適でしたよ。確かウィーン発ハンブルグ行きのIC特急だったと思います(ん)。一方ブタペストからプラハの昼雪電車はMIKさんのおっしゃるような電車でした。国境ではザックの中身を全部出させられたし、なんか印象悪かったなあ(あせ)

■nonさん、

このように研究者のネットワークを組織しているのはドイツとフランスだったと思います。ドイツはこのネットワークを設立した初代の方がとても熱心でした。今は新しい責任者になってこれからの動向が期待されます。

フィンランドもおととしの11月に大使館で研究者交流パーティーを開きましたね。今年の11月もやるのかなと思ったのですが、昨年はありませんでした(しょぼ)

>まーさんがいらっしゃる間に機会がありましたら

はい、喜んで(さんかく)。私は9月の終わりまでいるので、いつでも連絡お待ちしております(ん)

■TMstationさん、

日本は、電車で国境越えがないから余計に憧れますよね。フィンランドはロシアしか国境越えがありませんが、あれはあれでどきどきですな(ひょえ)

弾痕の残った建物はユーゴスラビアでも見られます。と言ってもそれは内戦の後になりますが(あせ)。ドレスデンも戦争の痛々しさはかなり残っているところですね(あせ)
2007/04/23(月) 02:56:17 | URL | まーらいおん #aIcUnOeo[ 編集]
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