海外脱落組のお気楽物理学者
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プラハ滞在4日目
2007年12月05日 (水) | 編集 |
プラハ滞在4日目。今日は前の職場の同僚Jさんと会うために、物理学研究所に向かう。

またまた、受付で呼び出してもらうが、どうも電話に出ないらしい。仕方ないので、勝手知ったる研究所を探させてもらうことにした。が、彼の部屋に行くと、あっさりと遭遇。

同僚Jさん:「いやー、隣の部屋が修復中でうるさくて、他の部屋に行っていたりしたんだよねー」

なるほど、この部屋で話をしているとドリルの音でとても話ができたものではない(あせ)

という訳で、研究所の下にある喫茶店で話しをすることにした。喫茶店というよりは「病院の売店」といった表現がしっくりくるスペースである。白衣に身を包んだおばちゃんに珈琲を注文して小さいテーブルに腰を下ろした(まじ)

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Jさん:「そうそう。来年の9月にはMSさんという若手のホープが研究所に赴任するんだよね。これは我々の部署を変えていくに辺り大きな転機なるはずだ!」

私の元ボスも含め、MSさんへの期待は非常にでかい。何せEUの若手へ与えられる賞をを最近受賞し、それを引っさげてアメリカのプリンストンから帰ってくるというのだから当然だ。隣の部屋の修復も彼に宛がわれる部屋で、赴任は来年の9月というのに実に気が早い。

この研究所の理論部(私のいた部署)は高齢化が進んでいて、3,4年もすれば人はいなくなってしまう勢いである。若手も実験のグループに取られ気味で、理論を志す学生はここでは少ないように見える。それゆえMSさんへの期待は大きいというわけだ。

Jさん:「まーらいおんも韓国に職を得て、日本に近くなるのだから、チャンスは増えるだろうねえ。早くどこかにパーマネントのポスト得られるといいな(にや)」

その後、昼飯に誘われたが、彼は少し用事があるというので、その間、他の元同僚P君と話しをすることにした。彼は先日会ったVさんの子供で、年齢も私にもっとも近く仲がよかった同僚である。私が居た時にはまだ学生であったが、今は学位も取ってここでポスドクをしている。

ま:「そうそう。もうすぐ2番目の子供が生まれるんだって?(にや)」

そう、Vさんも今かと待ち受けている孫のことである。予定日は11月下旬ということなので、彼も気が気ではないだろう。実際に机には携帯電話がおいてあって、いつでも連絡が取れる状態にしてある。

また、彼は1月からミュンヘンの研究所にポスドクに赴任することが決まっている。家族全員でそこに2年住むということである。長く海外のポスドクを探していた彼にはチェコからも遠くないミュンヘンに赴任できたのはとても喜ばしいことである。

P:「まーらいおんも韓国決まってよかったね!」

いやいやありがとうございます(ぺこ)。

その後、家族の写真を見せてもらった。子供をおぶって山登りしたり実に楽しそう。しかし、子供成長は早い。前に見せてもらった写真の様子とは段違いである。いやー、時がたつのは早いもんだ(ひょえ)

Jさんが戻ってくるまでの30分は色々語るには短い時間であったが様子が分かってよかったです(ん)。

そして、例の低クオリティーの学食へとJさんと向かう。我らがUni-Cafeに並ぶまずさであるが、しばらくぶりに食うと、おばちゃんの無愛想さも、バケツでスープを運んでくる様子も懐かしかったり(ひょえ)

食事をしながらのJさんとの会話を終えて、市内の大学へと向かう。Jさん、次にお会いできるのを楽しみにしております(ぺこ)

午後は、共同研究について打ち合わせ。グラフなどが出来上がってきて、ようやく議論もまとまりかけてきた。やはりその場にいての議論は進展も早い(ぐらさん)。

夕方は、チェコに住んでいた時の寮の隣人Eさんと食事。彼は、ロシア人であるが、カレル大学に職を得て、もうチェコに永住を決めている。この日の食事は彼のお勧めのレストラン。私は、お魚のフライをいただく(すき)

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そしてやっぱりビール(びーる)ですよねえ(むふ)

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見よ、このきめ細やかな泡を!(いかり)

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こちらのお店のビールはZlatoplamenというやつでしたが、入れ方がとても上手くて、とてもおいしかった(すき)

Eさんは未だにその寮に住んでいる訳であるが、いよいよアパートを探すことに決めたようだ。それもそのはず、彼は今やその寮の古株の一人になってしまったのだ(きまずい)。しかし、問題は簡単ではないようだ。というのも昨今プラハの物価は急上昇中。それは家賃も例外ではない。プラハ郊外であってもかなり高額な家賃になりつつあるようだ。もちろん、物価上昇に伴って給与も上がっている。私がいた頃の平均給与1万6千コルナ(今は1コルナ6円とかであるが、当時は1コルナ4円ぐらいだった)は今は2万5千コルナまで上昇。ちなみに、私の給与は現地給与でした(ひょえ)(それ)

彼も苦労しているようだが、安定しているようである。しかし、気がかりなことが一つ。我々と仲がよかったインド人のJ君のことである。彼は今年の初めにドイツのポスドクの任期が切れて、インドに帰ったらしいのだがその後の連絡がない。今頃どうしているのだろうか?

Eさん:「彼いつもいっていたよね~。それが人生だって」

J君はプラハでは何かとトラブルの多い人であったが、その度にその台詞を言っていたものである。

話も弾み気づけば(びーる)も3杯目(ひょえ)。夜の11時近くになったので、お店を出てムーステクという地下鉄の駅まで歩いて、そこで別れました。Eさん、また会いましょう(ん)ノ

そして、この日もホテルに帰ってバタンキュー(ひょえ)

明日もハードな一日が待っているぜい(ひょえ)

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コメント
この記事へのコメント
懐かしい風景、沢山のお友達・・・生まれ育った街以外にも広い世界にそんな場所を持っているって素敵ですね。まーらいおんさんも私も、そのうちこのフィンランドの楽しい思い出はもちろん、味や暗さやetc..までを、懐かしく恋しく思う日がくるんでしょうね。。。まーらいおんさんはお先にもうすぐですね。。。しみじみしましたが、関係ないけど、ビールの泡写真にはのどがゴクンってなりました。
2007/12/05(水) 09:00:17 | URL | keit #-[ 編集]
■keitさん、

今はフィンランドの文句ばっか言っていますが、チェコにいたときもやっぱそうだったみたいです(きまずい)。フィンランドを去った後に、やはり懐かしいと思うことがあるのでしょうね~。今はまだなんとも言えませんが(ひょえ)。ビールは見たまんまで大変おいしかったです。今回の滞在中で一番おいしかったお店でした。
2007/12/06(木) 06:28:23 | URL | まーらいおん #aIcUnOeo[ 編集]
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