いったい最近のまーらいおんの韓国ソウルはどうなってんだというようなブログの内容だと思っているまーらいおんです(ひょえ)
ともあれ、中国編は先は終らせておきたいと思います(むふ)
つーか、弟が帰ってからというもの韓国ネタが無い(ひょえ)
んでは、前回の続きいきますよー(むふ)
故宮博物館の見物を終えてどこに行こうかと考えていたまーらいおん(むふ)
そこへ怪しげな中国人が(ひょえ)
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怪しいおっさん:「兄ちゃん、自転車のらへん?胡同案内するで〜」
胡同というのは故宮博物館の北に位置する旧市街です。
ま:「んー、今、次どこ行こうか考えているからちょっと待って(あせ)」
おっさん:「胡同面白いよ〜」
ま:「あー、黙っていてくれってのが、わからんのかいなー(あせ)」
・・・
・・
・

押し切られた(ひょえ)
こっからおっさんに色々案内してもらうわけですが、このおっちゃん、今、英語を勉強中みたいで紙を見ながら必死に色々説明します(ぐらさん)
ここは旧北京大学の裏口だったところだそうで。確かに大学という名の通り名がついていますな(まじ)

旧市街のこういった平屋に何家族も住んでいるんだそうで。しかも、一部屋だけで3,4人とか(あれ)。んで、トイレも無いとのことですが、だから北京の街中にはこういう人のための公共トイレがたくさんあるのだそうです(ぐらさん)

お家は住む人の位でランク付けされていて、そのランクは家の前の階段数やこのような石の置物で示されるとの事(ううん)

ここはかつて毛沢東が住んでいた家で、ここから旧北京大学に通っていたそうです(まじ)

こちらは今は亡き小平の家族が住んでいるとのこと(まじ)

次に案内されたのは、なんか歴史的な家。中はお金を払って見学できるようだが、何が貴重なのか分からない(あれ)。ただ、階段の数は多いし、ランクの高い人が住んでいる(いた?)ことは想像出来る。とりあえず、お金を払って入場する(ぐらさん)
どうもお客一人一人に対して、ここの家の人が案内するみたいだけど、あいにく英語を話せる人は他の人を対応しているようだ(しゅっけ)。そこで、おいらには中国語しかできないおばちゃんがついて漢字で説明することに(ひょえ)
中の様子はこんな感じ(ううん)

しかし、漢字である程度は分かると言え、半々ぐらいといったところか(あれ)
この家の子供も「わかるの〜?」と英語で不思議そうに聞いてくる(ひょえ)
もうちっと理解できたらなあと思っていると、突然
「今日は」
という日本語が(びっくり)
後ろを見ると、ここの家の持ち主のような女性が(びっくり)。彼女、日本語がぺらぺらでもう一度全部説明してくれました(ひょえ)
彼女によると、ここは清の最後の皇帝溥儀の親類の住んでいたところ(?)で、彼女自身は溥儀の姪と言っていましたが、彼女の言い間違いかも(きまずい)。ともあれ、親類であるみたいで、文化大革命の時の苦労話を聞かせてくれました。当時、彼女の親類でアメリカ(だったかな?)に留学している人がいて、そういう人を持つ家は非国民であると周りから攻められたそうです。特に、毛沢東の紅衛兵にはひどい目に合わされたらしく、この家もかなり壊されてしまったとのこと。彼女自身も日本に逃げ、戻って来てから昔の資産でなんとか復旧させて今に至ったとの事。その他、色々な興味深い話を聞かせてもらいました。とても楽しかったです。どうもありがとうございました(ぺこ)

こちら、胡同の自転車乗り場からすぐのところにあります。漢字が読めないので名刺を載せておきます(ひょえ)

この後、おっちゃんとは別れたのですが、最後に金の払いで一悶着(ひょえ)。2時間で180元って最初に言っていたのに、200元とか言いやがるもんだから、180元だけ受け取らせて別れました(ひょえ)
この後、刀削麺を食べたのですが、写真は完全に撮り忘れました(ひょえ)
あのおっさんのせいにしておきます(むふ)(ぇ
続く(ばら)
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胡同というのは故宮博物館の北に位置する旧市街です。
ま:「んー、今、次どこ行こうか考えているからちょっと待って(あせ)」
おっさん:「胡同面白いよ〜」
ま:「あー、黙っていてくれってのが、わからんのかいなー(あせ)」
・・・
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押し切られた(ひょえ)
こっからおっさんに色々案内してもらうわけですが、このおっちゃん、今、英語を勉強中みたいで紙を見ながら必死に色々説明します(ぐらさん)
ここは旧北京大学の裏口だったところだそうで。確かに大学という名の通り名がついていますな(まじ)

旧市街のこういった平屋に何家族も住んでいるんだそうで。しかも、一部屋だけで3,4人とか(あれ)。んで、トイレも無いとのことですが、だから北京の街中にはこういう人のための公共トイレがたくさんあるのだそうです(ぐらさん)

お家は住む人の位でランク付けされていて、そのランクは家の前の階段数やこのような石の置物で示されるとの事(ううん)

ここはかつて毛沢東が住んでいた家で、ここから旧北京大学に通っていたそうです(まじ)

こちらは今は亡き小平の家族が住んでいるとのこと(まじ)

次に案内されたのは、なんか歴史的な家。中はお金を払って見学できるようだが、何が貴重なのか分からない(あれ)。ただ、階段の数は多いし、ランクの高い人が住んでいる(いた?)ことは想像出来る。とりあえず、お金を払って入場する(ぐらさん)
どうもお客一人一人に対して、ここの家の人が案内するみたいだけど、あいにく英語を話せる人は他の人を対応しているようだ(しゅっけ)。そこで、おいらには中国語しかできないおばちゃんがついて漢字で説明することに(ひょえ)
中の様子はこんな感じ(ううん)

しかし、漢字である程度は分かると言え、半々ぐらいといったところか(あれ)
この家の子供も「わかるの〜?」と英語で不思議そうに聞いてくる(ひょえ)
もうちっと理解できたらなあと思っていると、突然
「今日は」
という日本語が(びっくり)
後ろを見ると、ここの家の持ち主のような女性が(びっくり)。彼女、日本語がぺらぺらでもう一度全部説明してくれました(ひょえ)
彼女によると、ここは清の最後の皇帝溥儀の親類の住んでいたところ(?)で、彼女自身は溥儀の姪と言っていましたが、彼女の言い間違いかも(きまずい)。ともあれ、親類であるみたいで、文化大革命の時の苦労話を聞かせてくれました。当時、彼女の親類でアメリカ(だったかな?)に留学している人がいて、そういう人を持つ家は非国民であると周りから攻められたそうです。特に、毛沢東の紅衛兵にはひどい目に合わされたらしく、この家もかなり壊されてしまったとのこと。彼女自身も日本に逃げ、戻って来てから昔の資産でなんとか復旧させて今に至ったとの事。その他、色々な興味深い話を聞かせてもらいました。とても楽しかったです。どうもありがとうございました(ぺこ)

こちら、胡同の自転車乗り場からすぐのところにあります。漢字が読めないので名刺を載せておきます(ひょえ)

この後、おっちゃんとは別れたのですが、最後に金の払いで一悶着(ひょえ)。2時間で180元って最初に言っていたのに、200元とか言いやがるもんだから、180元だけ受け取らせて別れました(ひょえ)
この後、刀削麺を食べたのですが、写真は完全に撮り忘れました(ひょえ)
あのおっさんのせいにしておきます(むふ)(ぇ
続く(ばら)
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